支援・協力のお願い

1868 年、薩長藩閥の明治政府は、幕府側の御三家に並ぶ雄藩加賀藩の取扱いには、苦慮を重ねた。加賀藩は難治の県にて、厳重に処すべし、との明治天皇の密奏文を取り付けました。結果、神仏習合の天下一の伊須流岐比古神社がある当霊場聖地を、神仏分離令発布によって、寄進米停止、勧進禁止、寺領没収、仏典・縁起書・過去帳の破棄、住民の無償下山、僧侶の還俗命令等で、甚だしく壊滅し、遺棄、忘却させ、大規模で凄惨な人災悲劇で、再起不可と致しました。

だが、超長期年数に亘る往時、神と仏、修験者や全宗派、老若男女の皆、一山の動植物皆が、和を以て尊しとする当山の伝統文化が、人々の日常生活の隅々に浸透深化し、絢爛と開花した、その貴重な天下無双の聖地の今日的な高い意義が、遂に、再び高く再評価され、1978 年、当山は、国史跡に指定されました。
同時に、伊須流岐比古神社は、国史跡内に在る県文化財に指定されました。

明治藩閥政府が、徹底的に壊滅し、又令和六年能登大震災の被害を被った当山と当神社等を、是非共に本格的に復興し、平和で豊穣な薫り高い加越能の伝統文化の精華を象徴し、和を以って尊しとする、往時、天下一の霊場聖地が、国内外の幅広い人々の誠に有難いご理解で、再び、よみがえり、絢爛と開花しますように、皆様と共に、手に手をとり合い、次世代に、しかと紡ぎ継ぎ伝承できますよう、心から祈願確信申し上げます。
何卒、皆様の特段のご理解とご支援にて、当山、神社、天平寺等の本格復興を実現方、心から宜しくお願い申し上げます。

クラウドファンディングについて

奉賛会入会(継続)のご案内

伊須流岐比古神社奉賛会の活動にご賛同いただけます方はどなたでも歓迎いたします。
21世紀の今、伊須流岐比古神社は、古くに日本が始まったころ、能登の名前もない頃から、幾久しく、人々に寄り添い、悠久の年月を迎え、第三十九代天智天皇の祈願所となり、四十四代元正女帝、四十五代聖武天皇、さらには、四十六代孝謙女帝の頃、すでに日本では並びない天下の霊場として知られ、天正十一年正親町上皇は、再建勅詔を出されました。その後、加賀藩主前田利家公が再興の儀を頂き、社領を御寄附、本殿御普請、三代目利常公は百石御増、以来、この神社一山は、人々の中に、別式格別に崇敬を頂きました。

太古からの日本三大霊峰の二つ白山・立山の山岳信仰修験者、日本一豊かなで広大な稲作田、綺麗な水が育む圧倒的日本一の酒作り職人(杜氏)の里、年中季節毎に新鮮美味な多様な魚類を恵む母なる海、大量の米・海産物・ニシン等を南北日本中に運ぶ圧倒的な海運力を誇った北前船、そし変化に富み雨雪が多い天候から生まれる思いやり豊かで優しい人々。これ等の活力あふれ、心優しいこの地の人々の心の支えとして、常に、伊須流岐比古山がありました。
但し、長期間年数に亘り、天下一のこの永遠の杜は、明治初期に、徹底的に破滅される人災悲劇に会いました。又、令和六年能登大震災の被害も甚大でした。
ここに、皆様方のご理解・ご協力にて、一日も早く、本格的に復興し、次の百年、千年と護りお伝えするために、御一人でも多くの方のご入会をお待ちしております。本会活動にご賛同いただけます方はどなたさまでも入会できます。

入会申込書(下記 PDF)をダウンロードいただき、必要事項ご記入の上、Fax 又は郵送でお申込み願います。お電話での申込は受付致していません。

献木(ご浄財)のお願い

石動山では「豊かな森を後世に」を理念として森林創りを行っております。森林保護は、植えるだけではなく間伐等様々な手入れが必要とされます。
祖山荘厳に欠かせぬ石動山の緑を後世に引き継ぐためには想像以上の森林整備や管理が必要です。 石動山の「相生」を体現すべく、たくさんの命のつながりの中で私たち人間もその一員として共にいかされています。みなさまから寄せられた献木のご浄財は、自然豊かな聖石動山の森林護持を未来へ継承する為に大切につわせていただきます。

献木1口3,000円

献木植樹祭の様子